BCPコラム

リチウムイオン電池の火災は大規模化する?「進化した現代の火災」とは

蓄電池の普及と増加する関連火災

昨今の電子機器の小型化、無線化は、我々の生活に多大な利便性をもたらした。
その発展を支えるのが、「リチウムイオン蓄電池(以下、「リチウムイオン電池」)」の技術発達である。

優秀なエネルギー効率や長寿命を特性とするリチウムイオン電池は、急速に研究が進んだいまや、電気自動車などの交通機関の動力源に用いられるまでとなった。
ノートPC、タブレット、スマートフォン、卓上デジタル時計、ワイヤレスイヤホン、デジタルカメラ、モバイルバッテリー、電子工具。
今、私のデスクから見渡せる範囲だけでも、相当数の充電式の電子機器が並んでおり、そのすべてにリチウムイオン電池が使用されている。その恩恵はもはや意識するまでもない。

さて、リチウムイオン電池というトピックを語る上で外せないのが、リチウムイオン電池関連の火災事故についてである。

東京消防庁[令和4年版 火災の実態]よりデータ参照
東京消防庁[令和4年版 火災の実態]よりデータ参照
※ 令和3年中の数値は令和4年5月1日現在の速報値

東京消防庁管内で発生したリチウムイオン電池関連火災は、なんとこの10年間で約30倍に増加しているという。

リチウムイオン電池はなぜ発火するのか?

国民生活センターでは、実際の事故を元にした実験を行い、結果を公表している。
「外出時、カバンに入れていたモバイルバッテリーが発熱し出火に至る」という想定である。
[国民生活センター|報道発表資料]リチウムイオン電池及び充電器の使用に関する注意

モバイルバッテリーの異常による事故を想定したテスト リチウムイオン電池の表面温度


特筆すべきは、バッテリー表面の温度が100℃を超えてからの急激な温度上昇だろう。
直接肌に触れているわけではないので、初期の温度の変化には気が付きにくい。
異変に気がついたときには、すでに手遅れだということがわかる。
これを予防するには、日頃から使用中に製品が熱くなっていないか、膨張など見た目の異変がないかを逐次確認することだ。

続いて、同資料からもう一つ。

スマートフォンの発熱テスト・発熱の様子
こちらは自宅での就寝時、布団によって放熱が妨げられたスマートフォンが徐々に熱を持つ様子を記録したものだ。
布団の中で動画を視聴していたら、いつの間にかそのまま寝落ちしてしまったという経験は、誰しもあるのではないか。

消費者庁では、モバイルバッテリーの取り扱いに際して、「強い衝撃や圧力を加えない」「高温の環境下に放置しない」などの注意を促している。
[消費者庁]モバイルバッテリーの事故に注意しましょう!

コンビニでも手軽に入手できることから忘れがちだが、モバイルバッテリーはれっきとした精密機器である。取り扱いにはぜひとも注意していただきたい。

また、ECサイトの隆盛に伴い、販売業者が低品質な製品を投げ売りしていることも問題だ。 価格の安さや都合のよい謳い文句を鵜呑みにせず、確かな安全性能試験を通過した製品かどうかを見抜くリテラシーが、消費者にも求められている。
Safe Charge(安全設計)とは?

火災の大規模化を引き起こす恐るべき3つの要因

さて、ここまでは前置きである。 世間的にまだ知られていないことだが、 「リチウムイオン電池関連の火災は大規模な被害になる可能性が高い」という説がある。

主な理由は以下の3つである。

  • ①消火が非常に困難
  • ②火炎放射器のように急速に広がる炎
  • ③出火時に発生する強烈な毒性ガス

一つずつ解説する。

①消火が非常に困難

よく知られる消火の三原則といえば「除去」「冷却」「窒息」である。例えば、アルコールランプに蓋をすれば炎が消えるのは酸素を断ったことによる「窒息」であるし、火事のときに消防隊が放水をするのは、温度を下げるための「冷却」である。
これらはそれぞれが燃焼の三要素「可燃物」「温度」「酸素」の対になっており、燃焼を止めるためには、三要素の内どれか1つでも取り除ければよいとされている。

しかしながら、リチウムイオン電池関連の火災は少々複雑で、消火も一筋縄ではいかずに長期化する傾向にあることがわかってきた。

NFPA Jounal
2018年に米国カリファルニア州でEV車による事故が起こった。
駆けつけた消防によりすぐに火は消されたものの、消火後もバッテリーからは「バンバン」という異音が鳴り続けていたそうだ。これは、バッテリー内にまだ大量のエネルギーが残っていることの証左である。
内部の燃焼成分が完全に取り除かれていない以上、燃焼反応は起こり続け再び熱暴走が起こることがある。つまり、通常火災の認識で鎮火したように見えたとしても、再び出火や爆発が起こり得るということだ。
また、感電のリスクもあり、適切な設備がなければ迂闊に手を出すことができない。
最終的にこの事故では、バッテリーのみを別の場所に運搬し、大量の塩水に漬けて放電させたとのことだが、驚くべきことに事故の発生から6日後の時点でも再発火が起こったという。

  また、2022年11月15日には「TESLA FIRE」というタイトルの投稿がSNSを賑わせた。

走行中に損傷したEV車から炎が上がり、その消火作業において、およそ1万2500ガロン(4万5425リットル)もの水が費やされたという。
通常の車両火災では約500ガロンの水が必要と言われており、リチウムイオン電池関連の消火がどれほど困難かがわかる。

②火炎放射器のように急速に広がる炎

リチウムイオン電池の実験映像


東京消防庁で行われたこの実験映像をご覧いただきたい。
強い圧力を加えられたモバイルバッテリーから、煙のような色のついたガスがブシューッと勢いよく広がっていく。
同時にバッテリーが膨張し、熱反応が起こり高温となる。
噴出したガスが熱され引火し、まるで火炎放射器のように炎が噴き上がる。

  ここまではリチウムイオン電池が出火の主な原因となる事例を紹介してきたわけだが、当然のことながら「別の火災で起きた炎がリチウムイオン電池を巻き込む」事例もあるわけだ。
するとどうなるか。放射状に拡散された炎が周囲の物に燃え移り、急速な拡大延焼の要因となるのである。
爆発事故を除き、通常の火災というものは、出火してから徐々に火の手を伸ばしていくものだ。
つまり、人や消防用設備が異変を感知するまでには、ある程度の時間がかかるものである。
この感知までの時間を早め、初期の段階で覚知、消火、通報ができるかどうかが肝心というのが、これまでの消防指導であった。
しかし、リチウムイオン電池が引き起こすこのような急速な拡大延焼は想定外である。

③出火時に発生する強烈な毒性ガス

先程の動画で勢いよく吹き出していたガスの正体は、バッテリー内部の電解液が気化したものである。この電解液はそのままでも人体にとって有害なのだが、厄介なことに空気中の湿分(水)と反応すると、フッ化水素酸(通称:フッ酸)という物質に変化する。
このフッ酸を簡単に説明すると、高い腐食性と有害性を持つ「猛毒」である。

  Wikipediaから引用する。

労働安全衛生法の第2類特定化学物質に指定されている。 ヒトの経口最小致死量は 1.5 g、あるいは体重あたり 20 mg/kg である。スプーン一杯の9%溶液の誤飲で死亡した事例もある[14]。吸引すると、灼熱感、咳、めまい、頭痛、息苦しさ、吐き気、息切れ、咽頭痛、嘔吐などの症状が現われる。また、目に入った場合は発赤、痛み、重度の熱傷を起こす。皮膚に接触すると、体内に容易に浸透する。フッ化水素は体内のカルシウムイオンと結合してフッ化カルシウムを生じさせる反応を起こすので、骨を侵す。濃度の薄いフッ化水素酸が付着すると、数時間後にうずくような痛みに襲われるが、これは生じたフッ化カルシウム結晶の刺激によるものである。また、浴びた量が多いと死に至る。これは血液中のカルシウムイオンがフッ化水素によって急速に消費されるために、血中カルシウム濃度が低下し、しばしば重篤な低カルシウム血症を引き起こすためである[15]。この場合、意識は明晰なまま、心室細動を起こし死亡する[16]。
[Wikipedia]フッ化水素

数年前に東京秋葉原の路上で、「フッ酸のような液体がこぼれている」と通報があり騒ぎとなった。
事件性は無かったようだが、完全防護服の隊員が除染作業を行っている様子がニュース記事からは確認できる。


誤解がないよう記述しておくが、リチウムイオン電池の安全性は極めて高いとされている。
急速な普及に伴い事故件数は増加しているものの、それと同時に安全性を担保する法整備や技術開発も進んでいる。
しかしながら、このような危険物が用いられている製品なのだ、という点は覚えておいてほしい。  

東京消防庁では、リチウムイオン電池への消火対応について、以下のように指導、注意喚起をしている。

「万が一発火した時には」

充電式電池から火花が飛び散っている時には近寄らず、火花が収まってから消火器や大量の水で消火するとともに119番通報してください。

[東京消防庁|報道発表資料]リチウムイオン電池からの火災にご注意を!


火災のリスクについては勿論だが、同時に、有毒ガスに触れる・吸入してしまうことの危険性についてもきちんと説明するべきだと感じる。

以上、「リチウムイオン電池関連の火災は大規模な被害になる可能性が高い」ことの主な理由である。

「進化した火災」への対応は?適切な装備品で安全に消火を

まとめると、「有毒ガスと噴き上がる炎のため初期消火が非常に困難であり、拡大延焼する速度が早い。また、消火に成功したように思えても再発火の可能性が極めて高い」というところだろうか。
従来の火災対応の常識が通用しない、謂わば「進化した火災」でなのである。

では、進化した火災に対して、これまでどおりの初期消火方法で立ち向かうことはできるのだろうか。
ここまで読んでいただいた方であれば、その難しさと危険性がおわかりいただけることだろう。

株式会社レスキュープラスではこのたび、株式会社能美防災 消火システム研究室に委託し、当社製品 防毒・防煙マスク「スモークブロック」による、フッ化水素の除去性能確認試験を実施した。

「スモークブロック」は、既に第三者機関において、一酸化炭素を始めとする火災時に発生する可能性の高い燃焼生成物10種類への除毒性能を実証され、多くの企業自衛消防隊に配備されているものだが、リチウムイオン電池関連の大規模火災事故の多発を受け、この度の試験実施へと至った次第である。

実験装置概略図・写真 図2・実験1|図3・実験2

試験の結果、リチウムイオン電池の火災燃焼現場においても、「スモークブロック」を用いた初期消火等の対応が有効であることを確認した。
今後は、一般企業・行政施設・教育施設、病院に加え、リチウムイオン電池の回収、保管、廃棄等を行う施設や、大型蓄電システムを所有するビル建物への有効的な配備も期待できる。

  進化する火災に対しては、より速やかな初期消火と確実な安全管理が求められる。
適切な装備品を持ち活用することは、その第一歩であると考えられるだろう。

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