BCPコラム

その防災訓練、間違っていませんか

本コラムは、現職自衛隊員と防衛問題に関心の高い社会人を対象に、防衛の諸問題をわかり易く解説した防衛コミュニケーション誌、「ディフェンス : 第60号」に、弊社熊谷仁が寄稿させていただいたコラムの転載です。

大規模災害での罹災原因

罹災は、大規模災害である地震・台風・火山噴火・などを起因とした2次要因で発生します。
例えば、地震で死亡するわけではなく地震による2次要因の建物崩壊・家具の転倒・橋の崩落・土砂崩れ・車両の制御不能による事故・列車の脱線・津波・河川越水・そして火災などです。
重ねて申し上げます、地震で死ぬわけではありません。

今では台風や豪雨また火山の噴火などは、事前に進路予想や降雨予測、噴火前兆による警戒警報などがかなり正確に発表されるので、きちんと情報を取り、早めの避難で被害を軽減できるはずです。住まいや勤務先などのエリアのハザードマップ各種がwebで簡単に検索できます。実際の水害被害状況などを見るとかなり正確です。実は自然災害に対しての予防対策は事前情報収集と早めの避難しか方法がないのが現実です。

水害からの備え

2015年9月の関東・東北豪雨による鬼怒川・利根川堤防決壊では甚大な被害が出ました。決壊堤防場所近くの民家で屋根に避難した住民の方が、自衛隊のヘリ(UH60JA)で救助された映像は今でも鮮明に記憶に残っています。日本は水害による被害が毎年必ずと言っていいほど発生します。いくら河川に近いからと言って堤防決壊で溺れるなど想像できないのですが現実に発生しています。
2011年3月11日に起きた東日本大裳災の津波も思い出すだけで恐怖ですが、内陸10km先迄河川津波による逆流が発生し堤防を越水して人的被害も多数出ました。
避難情報を速やかに取得して高台・高層の建物などにいち早く避難することが一番ですが、万が一取り残されてしまった場合の備えも必要です。戸建住宅であれば2階、3階のベランダやそこからさらに屋根に移動するための梯子や脚立、ライフジャケットも用意することが必要でしょう。また屋根・ベランダで取り残され、ヘリが救助のため(報道のヘリも飛行)上空に来たら発見されやすいような服装の色(オレンジ推奨)や合図代わりに振り回す派手目のバスタオルも備えたいものです。
(元空自ヘリ隊長からの負重なご意見:「見つけるの大変なんですから」)

災害時の優先順位と災害対策用備蓄品

弊社は、1986年ごろから防毒・防煙マスクの日本国内販売を開始し(米国輸出でスタートしたが1985年のプラザ合意で輸出停止)当該商品の主な販売先が企業の自衛消防隊初期消火用の需要でした。

当時(昭和60年)は自治省消防庁(現総務省)予防課長名で通達(消防予)「自衛消防隊の初期消火用に防煙マスクを装備すること」が何度か出ておりました。東海沖地震が懸念され1978年に「大規模地震特別措梱法」が制定されて一般社会にも備えが必要という声が多くなった時期ですが、その反面で粗悪な防災用品も市場に野放しに増えた時代です。先の通達でも防煙マスクの選定基準として「消防庁の通達基準に合格し(財)日本消防設備安全センターの認定合格品を備えること(当時)」(現在は評定合格品)と製品の品質性能を注意喚起していました。
当該製品の販売に伴い事前に製品説明を行うことになり説明会の質疑応答で、防煙マスクを使用する限界は、消火栓の使い方は、はたまた他の装備品(例えばヘルメット・グロープ・バールなど破壊救助工作道具など)は何をどのように準備すればよいか、どこに保管するの、メンテは、など防毒・防煙マスクを販売するためには火災防災に関係することが質問され、さらに訓練指導の要求が多々ありました。
これらに対応しておりましたところ、国内でほぼ最初に災害対策コンサルタントビジネスを始めることと相成りました。当時の防災用品は乾パン・非常用トイレ・保存水などを防災リュック(銀色、防炎加工)に入れたものくらいしかなく、各企業が結構購入していましたが、筆者は何か違うなと大変疑問に感じておりました。
当時は阪神・淡路大震災の発生する5年以上も前のことなので、大規模地震が発生したらどのような状況行動になるかはシミュレーションの世界です。地震発生から時系列で被害・行動などを筆者なりにざっくり想定してみました。

地震発生 大きな揺れ → 身の安全の確保(机の下に潜り込む)。窓や食器棚などから離れる。頭・首を守る(鞄などを頭の上にかざす)。
揺れが治まる(余震•または次が本震もある、に注意)→ 火を始末する。転倒した電気製品のプラグをコンセントから外す、ブレーカーを落とす。一度安全な屋外などに避難をする(建物の安全が確認できれば戻る)。地震情報をTV、ラジオ、などで速やかに収集して津波などの警報確認を行う(当時インターネット環境などはほぽなかった)。
火災発生 → 初期消火を行い、確実に消火する(失敗・無対応では火災は確実に拡大して被害が大きくなる)。
要救助者発生 → 生き埋め閉じ込め者の救助・怪我人の応急救護・搬送。
避難所・避難生活 → 食料(水)・トイレ・生活物資などなど備蓄品活用。
このように時系列的に想定して(優先順位を付けた)

地震発生 → 1緊急避難、2初期消火、3救助・救命、4避難生活
四つのくくりになると提案して企業や行政などに災害対策をコンサルしてきました(日本では大正12年に発生した関東大震災・東京大空襲・広島長崎原爆投下などから火災中心の防火防災であり2011年東日本大震災で津波が発生すまでは一般的に津波は考慮していなかった)。

あれ!何か変だなとここで気づきました。当時の防災用品は先に記した通り乾パン・非常用トイレ・保存水などを防災リュック(銀色、防炎加工)に入れたものがほとんどです。災害時に侵先順位を付けた中で最後に来る「4避難生活」のみの備蓄しかしてないではないか、と。
ほとんどの人々、企業の防災担当者(行政災害対策担当者も)も大規模災害時に自分たちは無傷で安全な場所まで移動でき、心配するのは空腹と排便のみだったのです。

筆者はこの災害時の優先順位をベースに企業や行政にセミナーを行いました。1緊急避難・2初期消火の優先順位はかなりマニアックだと椰楡されるほどでした。特に初期消火の徹底では自衛消防隊が屋内消火栓を完全に操作可能にすることを訓練指導の目的にしておりました。というのも阪神・淡路大震災前の消防の指導では屋内消火栓の使用を強く求めておらず、速やかに119番通報をして退避することを進めていた状況です。大規模災害が発生した時に消防がいち早く駆けつけることは不可能だと提言しても真に受けてはくれませんでした。しかし火災の拡大は被害の拡大になります。

阪神・淡路大震災約1年前に兵庫県K市役所防災課の職員に対するセミナーで「大震災の際は職員の皆さんも罹災者となりうるので、自分だけは”助かる・無傷”の前提で計画を立てるのは危ないですよ」と講話しましたら失笑された経験がありました。
1年後に8階建て庁舎の6階部分が潰れました。地震発生時間が早朝だったため庁舎での死傷者は幸いにいなかったと記憶しています。死者約6400名、負但者約44000名、避難者32万名(発生から6日後死者の約7割が圧死ですが火災の拡大で生きていた方が焼死した事例も多く含まれます。火災の初期消火が成功していれば倒壊した建物から多くの人を救助できたことを思うと緊急避難•初期消火の優先順位は正しかったと確信しました。

この震災を契機に筆者も地元消防団に入団した次第です(現在も現役です)。阪神・淡路大震災後は、消防当局も”自衛消防隊は屋内消火栓使用など消火設備を使い初期消火で延焼拡大を防ぐように訓練をせよ”と震災前とはがらりと指導が変わりました。大規模災害時には消防・警察・自衛隊(東日本大地震の際には自衛隊はいち早く対応されました)は災害現場にすぐには行けません。対応できません。となり、地元消防団の責務を痛感しました。

さて現在ではどのような状況でしょうか。企業も行政も災害対策で予算を多くとるのは備蓄食料と災害用トイレなどの災害対策備蓄食料系がまだほとんどです。また大部分の企業でも自衛消防隊(消防法で定められた)訓練で徹底した消火栓の訓練をしているところはまだまだ大変少ないのが現状です。阪神・淡路大震災での30万人の避難者(生存してます)の意見が、トイレ、食料、などなどの要求が反映されてしまい、死者6400人の声が聞こえてないのです。本当に何が必要かを問かなければならないのは6400人の声なのです。

災害時に家庭で備える備蓄品

家屋が倒壊してしまうような地震の際に備蓄してある食料や水・災害用トイレは、持って逃げることもできませんし取り出すのも難しいでしょう。家屋が何とか残った場合で、自宅で生活ができる状況であれば、この時には備蓄品は役に立ちます。筆者の経験ですが引っ越しを機会に、自宅にある、1冷凍庫にあるもの、2冷蔵庫にあるもの、3買い置きをして期限の近いもの、4期限のあるもの、の順番で都市ガスは使用せずガスボンベのコンロで調理して何日間食事ができるか試してみました。約1週間は優に食事できます。ただし水は水道を使用しました。ガスボンベは普段から3本X4セットは常に在庫しておりましたので調理はOKです。普段から食材のローリングストックをしておけば災害時の食料確保は十分に対応可能です。ただし飲料水だけは給水供給が来なければ暫くは自給せざるを得ません。

2リットルx6本入りを10箱ほど用意できれば4人家族で10日分の飲料水は確保できます。
防災食糧で3日3食分などのセットがありますが実際に3日3食食べてみてください。飽きて食べられません。また最近の防災食はかなり長期間の保存のものが出回っていますが、レトルト包装やPETボトルの食料品・保存水の期限はおおむね7年が限度のようです。容器メーカーが樹脂からの発がん性物質の溶出や酸素透過度の性能上7年以上の商品を推奨できないとの意見が出ております。容器・包装メーカーが保証できないものを防災食品メーカーが保証している不思議なことが見受けられます。 一般家庭では防災用の保存食はせいぜい1日分、発災当日の混乱時に食する程度の備蓄として、残りは普段食している食料の在庫をローリングストックで回転させて1週間分ほどを回すことをお勧めします。米・味噌・即席めん・パスタ・そうめん・缶詰(魚・肉・など)は保存がききます。米・味噌は日本の保存食として最高です。どうしても野菜が不足しますが人参·ゴボウ・大根などの根菜類は日持ちします。日持ちする野菜はローリングストックです。昭和の日本の食事は参考になりますね。

災害時のトイレは大変困ります。水が出ないので原則便袋タイプのトイレに排便して都度封印(固く結ぶ)。非常用のトイレ便袋タイプもいろいろな種類が出ております。各タイプ排便してみました、保存してみました(廃棄までに時間がかかりますので1週間ほどおいておきます)。
結論、便袋のフィルムは厚めの素材で排便した糞尿をシート状に包み込むタイプ(介護用の簡易トイレに使用するもの)がベストです。たかが排便されど排便です。素材の薄いものは運搬中にやぶれて汚物が漏れてしまうことや保管しておくと臭いが漏れるものが多くあります(過去の災害現場の避難所で実際にありました)。価格も1袋あたり@50円から@200円くらいまでの幅がありますが、ここは価格ではなく性能重視で購入しないと大変な状況になります。備蓄するために試食·試排便(こんな単語があるのかはわかりませんが)をして確認しましょう。災害時に使用して”全然ダメじゃん”とならないためにもです。

「4避難生活」から一部ポイントになることを提示しましたがここからが重要です。1緊急避難・2初期消火・3救助救命は発災と同時に瞬く間に過ぎていきます。ここまでがすんでから漸く「4避難生活」です。

自然災害からの防衛は事前の情報収集と的確な避難のみしか方法が無いことは前記しました。その中で火災の発生がありますが、火災は人が対応を準備して抑え込めることが可能な事象です。火災は不注意による失火(てんぷら油火災など)、機器などの老朽化や破損による出火、自動車事故などの衝撃破損による出火、その他に放火、爆発物による出火、ミサイル攻撃による出火(執策中の現在 ロシアによるウクライナヘのミサイル攻撃が激化)など多岐の要因で出火します。爆発・ミサイル攻撃での爆死・生き埋めなど瞬時に命を絶たれてしまう場合と、その後に発生する火災により死亡する場合があります。意図的犯罪により発生する火災で死に至るケースもあります。

ここ数年でも京都アニメ放火事件(2019年7月、死者36名負傷者33名)や大阪クリニック放火事件(202l年12月、死者28名(犯人を含む))、少し前の新幹線焼身自殺事件(2015年6月、死者2名(犯人を含む)、負傷者28名)など可燃物を散布して火を着ける犯罪が目立っています。このような状況でも、「1緊急避難」が重要ですし、装備訓練練度によっては「2初期消火」を行えればより被害を低減できます。

火災の死亡原因は、先の”地震で死ぬのではなく”と同じで、爆発による衝撃、火災の炎による焼死、そして大部分が火災の煙(燃焼生成物)によるものです。煙とは煤(炭化物の粒子の大きいもの)、水蒸気、塵そして多種の有毒性のガスの集合体です。代表的な発生有毒ガスとして一酸化炭素(CO)、シアン化水素、硫化水素、塩化水素、など燃えるものにより発生ガスは色々ですが、一酸化炭素は不完全燃焼で必ず発生します。炎・熱で焼死するのではなく、先の新幹線の事例でもガソリンを被った犯人以外の罹災者は火傷を負っていません、煙・有毒ガスの吸引が原因です。
爆発燃焼とともに、炎にさらされなくても有毒ガスの吸入により運動神経が麻痺して動けなくなり、その後呼吸を続けることで致死量の有毒ガスを吸入して死亡します。また呼吸はしていますが動けない状態で炎により焼かれ焼死とされている例が多々あります。この場合生体反応がありますので、炎で焼かれているときは生きていたことになり統計上は焼死となります。しかし煙がすべての死亡原因のスタートです。

マスコミなどでは火災事故での死亡原因がCOガス中毒とひとくくりに発表されますが、CO中毒で死亡するのは練炭自殺か自動車の排気ガス自殺(排気ガスには窒素酸化物などもありますが)、また瞬間湯沸器やファンヒーターなどの不完全燃焼、発動発電機の排気管理不良などです。
COガス以外の硫化水素やシアン化水素・塩化水素などのガスの発生量はCOガスと比較してかなり低いですが毒性は大きくてこれらが複合ガスとなると毒性はさらに上がるとされています。塩化水素やシアン化水素などは化学兵器毒ガスの基本的なものです。死亡後の血中濃度を調べるのに赤血球ヘモグロビンと結びついているCO分子COヘモグロビンを調べてCO中毒と判断されていますが、他の有毒ガスの影響痕跡を詳細に調べる体制はないと思われます(日本は検死体制が不十分のでしょうか)。

ここ最近ではリチウムイオン蓄電池の火災が急激に増えております。施設の蓄電池設備からEV自動車、電動自転車、またはモバイルバッテリー、充電式ライトやイヤフォンなど小型のものまで身の回りにあります。リチウムイオン電池の火災ではフッ化水素(HF)ガスが発生、湿分と反応しフッ酸となります。この火災燃焼物はかなり毒性が強く厄介です。
呼吸器・粘膜から浸透して骨のカルシウムと反応して骨をボロボロにするのです。小さいバッテリーの火災であると侮らず防毒・防煙マスク(HFガス対応)で必ず呼吸を保護して初期消火してください。

防災訓練は役に立つのか

2004年12月に埼玉の量販店D社店舗で連続放火事件がありました。3人(アルバイト店員)死亡8人が負傷した事件です。来店客を避難させたのですが逃げ遅れがあるとの情報で確認のため3人のアルバイトと店員は消火器を構えて火点に再度侵入し被害にあいました。
直後の会社代表者のお詫びの中に”直近で消防署により防災訓練をしていた”との内容の記載がありました。最近でも工事現場ですが2019年1月に新橋のビル工事現場(4人死亡)と2月に東京都大田区の冷蔵倉庫での火災(3人死亡)で消火器を抱え初期消火に向かった方が犠牲になっています。

初期消火訓練 ー これで大丈夫?
一般的に防災訓練での消火器消火訓練は、”火”と書いた的などに訓練用消火器(水を加圧充坦)で水の放射を行います。これは消火器の一連の操作方法訓練であり、安全ピンを抜きホース先端を火点に向けレバーを握り(押し込み)放射することを教えています。当然炎・煙を想定した訓練ではありませんので消火訓練ではなく操作訓練です。また消火器での実際の消火では熱・煙で火点直近に接近できませんので、消火剤を放射しても距離があると消火剤が拡散しますのでほとんど消えません。実は消火器では消えないのです。

煙体験訓練 ー これで大丈夫?
また防災訓練の中で、テントドームの中に障害物を吊るしてスモークマシンで発煙(刺激・害なしの煙)してその中を通過する「煙体験訓練」がありますが、実際の煙は剌激があり呼吸が止まります。「煙体験訓練」ではなく「視界不良体験訓練」です。

さて以上の訓練をした人たちは煙・有毒ガスの苦しさや行動不能になることを知らされておらず、生まれて初めて本物の初期消火を行うことになります。消火器を持って火点に向かいます。煙の中に突入します(なにせ訓練で煙体験をしていますので)。煙の中で呼吸をするとむせ返り咳込みます、咳込むと反動でさらに煙を深く吸い込みます。次の瞬間吐き出すことも吸うこともできずプールで水を吸いこんでしまったような状況になり呼吸ができません。するとパニックに陥ります。冷静な判断は出来ずそのまま倒れます。自衛消防隊の初期消火の失敗はこの訓練にあると確信しています。

2017年2月埼玉県三芳町の物流センター1階倉庫(廃段ボール置き場)から出火し2・3階に延焼して28日間も燃え続けた事故がありました。出火当時はフォークリフトのエンジン付近の熱が段ボールを燃やしてしまい足で消せるほどの出火でしたが、対応が遅れ急速な延焼拡大で消火器を30本近く使用しても消火に失敗しました(119番通報も遅れた)。初期消火に対応した男性2名が煙を吸って救急搬送されました。また初期消火に対応した男性は煙が酷く火点がわからなかったと証言しています。さらにその後に屋外消火栓を使用したが、ポンプ起動ボタンを押し忘れて放水量が少ないため消火できずに延焼拡大したのです。
避難はうまくできて逃げ遅れた者がいなかったため、消防隊も現場建物内に侵入する必要がなかったことは幸いです。万が一逃げ遅れた者がいたら消防隊は侵入することになり殉職者が出ていた可能性があったとの話でした。事故後専門家による検証が行われました。消防関係者、学識経験者などの方々がスプリンクラーの設箇状況や防火シャッターの作動状況や危険物の保管量などいろいろな分野から調査・対策を議論しておりましたが、ほとんどの方が消防(消火する立場)、建築の専門(構造上や消防設備の専門)の立場での調査結果です。たまたまこの部会に少し関与する機会がありましたので筆者の考えを述べてみました。

”自衛消防隊の訓練練度の未熟さ(消火栓操作ミス)、現実火災対応の知識・訓練及び装備(保護具)不足が原因ですね”

初期消火の際、防毒・防煙マスクを装着して猛煙の中で火点に近づければ消火器で消すことも可能ですが、煙が酷くなったら煙の外からいくら放射しても消火剤が拡散して火点に届かないので消えません。消火器操作と同時に消火栓を展張して放水をすれば水損のみで掃除すれば済んだと思われます。
先の工事現場での初期消火失敗も火災現場が初めての人が適切な知識や訓練・装備を保持していないために死に至ります。消防法における共同防火管理規定や自衛消防隊編成義務や初期消火・避難誘導を行うにあたり任命された(いやいやながら)自衛消防隊員は、基礎の座学も装備も訓練も満足に無いこのような状況では同じ犠牲が出ることは必至です(自衛消防隊員は一般の普通の人々です、そしていつも犠牲になるのは現場の方々です)。

京都アニメ放火事件や大阪クリニック放火事件でも煙の中で呼吸が確保できれば非常ドアを開けられたはずですし(屋上に通じる非常ドアの前で折り重なり死亡)、レスキュー隊が救助侵入したとき(放火から10数分後)煙の中で呼吸できていればほとんどの人が助かった(クリニック奥の部屋で火傷なしで死亡)ことでしょう。大変残念です。

まとめ ー 必要な備え

筆者の自宅での備えを参考として示します。
住まいは木造3階建て一軒家です。三階が夫婦の寝室で、避難梯子(三階から地上に降りるため)・脚立(ベランダから屋根に上がるため)・皮手袋・スニーカー・ライフジャケット・消火器、以上がすぐ取り出せる押し入れに入っています。家具はすべて作り付け(安物ですが転倒しません)、防毒・防煙マスクを解放棚に常備しています。逃げ遅れたとしても煙の中で数十分は呼吸を確保して救助を待てます、救助後も有毒ガスを吸っていないので後遺症のリスクも低減できます。また各階には消火器・非常用ライト(コンセントに刺して停電時に点灯、外せばハンドライトになる)、煙感知器はCOガス検知器と併用タイプ(煙感知のみでは先に大量のCOが発生していて動けない状態で煙感知器が発報しても逃げ遅れます:参考賓料にある神戸消防本部の実験(YouTube)でご確認ください)
災害時の対応必須事項:呼吸の確保と視界の確保、初期の覚知と避難路確保、救助されるための備え。食料・水・ガスボンベなど備蓄は原則ローリングストック、トイレは便袋200枚を準備しております。(ほかにも沢山ありますが紙面の関係で一番重要な「1緊急避難」の部分を示しました)

訓練の必要性 ー 学校カリキュラムに入れるべき

屋内消火栓(マンションなどでは装備されている場合も)、道路に埋設している消火栓に直接つなぐスタンドパイプなどの初期消火のための訓練は必要です。心肺蘇生(AED使用方法)応急救護、要救助者搬送や簡易の救助工作等の訓練は必ず国民全員が受けるべきです。さらに実火災の座学なども重要です。これらを小学生高学年から中学・高校にかけて学校の授業カリキュラムに入れるべきです。

防災力とは国民一人ひとりが対応できる知識と訓練と装備があってできる力です。

最後に

執筆中の今(2022年10月)いまだにウクライナヘのロシアの侵略が続いています、ロシアの核使用の危険も出てきています、さらに中国の台湾進攻の可能性や北朝鮮のミサイル多発発射も起きています。災害からの防災から、武力侵攻やミサイル・化学兵器攻撃への準備もしなければならない今、日本人は防災の意味を再認識する必要があります。

防火防災から有事防災へ。

[参考資料]
1) 火災燃焼生成物の毒性/火災燃焼生成物毒性調査研究会(編さん)新日本法規出版(1987年刊)
2) 医学者たちの組織犯罪 関東軍第七三一部隊/常石敬一著 朝日文庫(1999年刊)
3) 水の研究42巻第3号/アリゾナ州立大学土木環境工学部 他(2008年)
4) 危険物学会誌430巻/持続可能なプラスチック研究グループ。プルネイ大学ロンドン(2022年)
5) 食品用ペットポトルから溶出する化学物質の摂取机の推定に関する研究/(地独)大阪健康安全基盤研究所 他(2018年)
6) 防毒・防煙マスク フッ化水素除去性能試験結果報告書/能美防災(株)第2技術部第2応用技術課(2022年)
7) 阪神・淡路大霞災 神戸大学医学部記録誌/神戸大学医学部(1995年12月)
8) 神戸市内における検死統計(平成7年)/兵庫県監察医
9) 民間防衛スイス政府編(36刷)/スイス政府編著/原書房(2017年)
10) 煙・一酸化炭素流動実験/神戸市消防局・東京理科大・矢崎エナジーシステム共同実験動画/YouTube

 

「被災者の声を、より強固な災害対策構築に役立てます」
熊谷 仁 東京営業所長
プロフィール詳細

1989年 コンサルティング業務を開始。 自衛消防隊の教育訓練に重点をおき、発災後時系列による対応の優先順位付けや、BCPを円滑にスタートさせるための現場初動対応(ダメージコントロール)を提唱。現在の災害対策のスタンダードとなっている。また、自身が開発、製造する火災緊急用防煙マスクは、フルフード型としては国内で唯一(一財)日本消防設備安全センターの個別評定を取得している。 1995年から東京消防庁本田消防団員として災害現場へ出場多数。 公益社団法人 日本火災学会 会員、特定非営利活動法人 日本防火技術者協会 会員、火災避難用呼吸保護具技術検討委員会 委員

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