BCPコラム

[災害対策の用語解説]焼死ってなに?

焼死とは

焼死とは、もっとも簡単に言えば「火災による死者」のことだ。
少しだけ詳しく説明すると「火災に関連した複合的要因によって死亡すること」となるだろうか。
焼けるという日本語から「炎で焼けて亡くなること」を連想しがちだが、実はそれは大きな誤りである。
報道などで耳にする機会も多い「焼死」について、2つの側面から解説する。

火災の実態としての焼死

火災時には人体を死に至らしめる様々な要因が発生する。
その中でも以下の3つは、火災の死因として主なものである。

  • A:高熱(火傷死)
  • B:有毒ガス(中毒死:主に一酸化炭素)
  • C:酸素欠乏(窒息死)

火災現場で発見された死体には、程度の大小はあれど、上記3要因の影響が合わさって残される。
また、火災現場で発見される死体は往々にして損傷が激しく、上記の要因のいずれかによって死亡したという明確な判断をすること事態が難しい。
そのため、多くの死体は3つの円の重なった部分に該当することになる。

これこそが、所謂「死因:焼死」と分類される死体である。

  冒頭で述べたように、一般的な字面のイメージから、A:火傷死とD:焼死を混同しがちであるが、焼死の中に火傷(熱傷)も含まれるというのが正しい解釈だ。

  もちろん、明らかな痕跡のもとで死因を断定されることもある。
たとえば、2021年12月に大阪で発生した北新地ビル火災では、容疑者を含む被害者全員が一酸化炭素中毒によって死亡した。

北新地ビル放火殺人事件
北新地ビル放火殺人事件(きたしんちビルほうかさつじんじけん)は、2021年(令和3年)12月17日に大阪府大阪市北区曽根崎新地一丁目(通称:北新地)の「堂島北ビル」4階で発生した放火事件。

死亡・負傷した28名のうち、27人は心肺停止状態で全員がビルの4階で発見され、6階から救出された1人は中等症の症状。心肺停止状態だった大半は、クリニック奥の診察室や隣接する大部屋の周辺で倒れていた[10]。当日中に死亡が確認された24人については、司法解剖の結果から全員が一酸化炭素中毒が死因とみられている[11]。21日午前2時50分頃、治療を受けていた女性が死亡した[12]。翌2022年3月7日午前0時25分頃、意識不明の女性が死亡し、事件当時心肺停止だった26人全員が死亡した[13]。

[引用] 北新地ビル放火殺人事件

この事件では着火物にガソリンが用いられ、燃焼が急激に進行した。
また、エレベーターや階段の防火扉の前で火災が発生したため避難経路が塞がれており、フロア奥の診療所内へ退避していった結果、そこで煙や一酸化炭素を吸入し亡くなったと見られている。

事件後の検討会資料で、火災発生後の時間経過による一酸化炭素濃度などのシミュレーションなどをみることができる。

火災シミュレーションの結果(煙の経時変化)
火災シミュレーションの結果(煙の経時変化)
火災シミュレーションの結果(一酸化炭素濃度の経時変化)
火災シミュレーションの結果(一酸化炭素濃度の経時変化)

[画像引用] 総務省消防庁 [火災の概要及び火災原因調査(中間報告)について 令和4年2月8日]


一酸化炭素中毒は、火災においてはもっとも代表的な中毒死だ。

有機物が不完全燃焼するときに発生するこの気体は、人体にとって非常に有害であり、無色無臭のため吸入してしまっても気づきにくいという特徴を持つ。
一酸化炭素を吸入した体内では酸素の運搬が阻害され、一種の酸素欠乏に近い状態となる。一酸化炭素中毒で亡くなった遺体の肌は赤味を増して、ピンクがかって見えることは有名だが、これは血中のヘモグロビンが一酸化炭素と結合した際に鮮紅色を呈するためである。

このように、死体の様相や状況的推測から明らかな死因断定ができるものもあれば、 高熱による熱傷(火傷)を受けて動けなくなり、そのまま一酸化炭素を少しづつ吸い込んで死亡したというケースも多分にある。

このケースでは、先述したように焼死と診断される可能性が高くなる。

法医学としての焼死

意外に思われるかもしれないが、消防機関が「焼死」という単語を用いることはほとんどない。
総務省消防庁発行の令和3年版消防白書を参照してみると、補足資料を含む全371ページ中、焼死という単語は一度も出てこない。

火災による死因の統計では、死因のトップは一酸化炭素中毒。次いで熱傷(火傷)、窒息となっている。
ここにもまた焼死の文字は出てこない。

火災による死因別死者発生状況の推移
(備考)1「火災報告」により作成 。2 ()内は構成比を示す。 3 合計欄の値が四捨五入により各値の合計と一致しない場合がある

先述したように、火災による死因を特定することは困難であり、そのための総称として「焼死」という分類が用いられているのではなかっただろうか。
火災による死者を「焼死」と分類しているのは一体誰なのだろうか。

答えは、警察である。 警察には、火災現場で発見された死体を司法解剖にかけ、事件性の有無を判断する役割がある。
つまり「火災発生時にその人が生きていたのか」の検証である。
火災に巻き込まれたせいで命を落としたのか、それとも、首を絞められ殺害された後に証拠隠滅のために火をつけられたのか。

これを表すための分類が「焼死」であり、それ以外の火災現場で発見された死体は「焼損」と区別される。

焼死体:生きていた人が火災により亡くなったもの
焼損死体:焼死以外の死因で死亡した後に、焼けて変化した死体を含む

報道などで「焼死」と発表された時、放火などの事件性の有無はともかく、少なくとも火災によって亡くなったことが分かる。

ちなみに、焼死と診断するには、以下の生活反応が確認されるべきとされている。

●焼死の生活反応(火災発生時に人が生きていたことを示す証拠)

1) 局所生活反応
a. 皮膚の第 1 度 (紅斑性熱傷) および第 2 度熱傷 (水疱性熱傷)
b. 気道粘膜の熱による変化:粘膜の発赤、熱凝固など。
c. 気道、食道、胃内の煤片 (すす) の存在。

  2) 全身性生活反応
a. 血液および臓器の鮮紅色調変化。
b. 血液中一酸化炭素ヘモグロビン (COHb) の証明。
c. 血液や気道内から、シアン化水素など有毒ガスを証明する。

[引用] 法医学要点

まとめ

[ニュース記事埋め込み] 福島民友新聞 | 郡山事故、死亡4人は親子 家族で外食の帰り

福島県郡山市で軽自動車が横転し炎上した事故では、死亡した4人の内、3人が焼死、1人が一酸化炭素中毒と司法解剖で判明している。(2023年1月11日時点)

  これは不幸な事故のケースだが、軽自動車のような狭い車内で起きた火災でも、このように死因が分かれることがある。正しい知識として言葉の意味を学ぶことで、このような報道、ひいては火災への理解度は大きく変わるだろう。

  再三となるが、焼死という表現には、火災におけるリスクが包括されている。
しかしかえって、「火災で恐ろしいのは炎で焼けて死ぬことだ」という誤解を大衆に与えてしまっていることも否めないだろう。

実際にテナントビルなど建物の防災訓練に参加すると、いまだに消火器での消火訓練にのみ重点が置かれていることが少なくない。 これは、訓練を企画、指導する側が未熟なことが原因である。

災害対策は【生命、身体、財産の保護】という原則に基づいて行われなければ意味が無い。

第一条 この法律は、火災を予防し、警戒し及び鎮圧し、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、火災又は地震等の災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行い、もつて安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。
[引用元] 消防法

火災においても、「炎だけ」「煙だけ」と、一つの要因だけに限定するのではなく、総合的で有効性の高い訓練、対策を行っていくことが重要である。

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