BCPコラム

袋を被って火災避難??「防煙フード」の闇に迫る

あるSNSの投稿

2017年のことであるが、このような投稿がSNSで拡散されていた。

この投稿を初めてみたとき、警視庁の災害対策課がこのような危険行為を推奨するのかとひどく驚いた。
また、一般ユーザーからの好意的な反応が大半であったことにも強い目眩を覚えた。

2017年といえば、アスクル倉庫火災や福岡県北区アパート放火などの火災があった年である。また、前年の2016年には糸魚川市の大規模火災も発生している。報道では凄惨な火災現場が連日映し出されていた。にもかかわらず、このように小手先の図画工作レベルの代物が火災対策として持て囃されているわけだ。申し訳ないがこの能天気さには呆れるばかりである。

防煙マスクの製造販売を行い、火災被害の減少を長年訴えてきた立場として強くお伝えしたいのは、火災時であってもこの投稿のようにポリ袋を被ることは絶対に真似しないでほしいということだ。

残念ながら2023年の現在でも当該投稿は削除されずに残っている。

「防煙フード」を入手

あらためて調べてみると、このような発想の製品が「防煙フード」という名称で販売されていることがわかった。
今回は検証のため、Amazon.jpに出品されている防煙フード4製品を購入した。

品名価格(実売価格)材質
スモークシャットアウト¥100ナイロンラミネート
ニゲニゲスモークパック¥498ポリエチレン
SBK けむりフード¥605ポリエチレン、アイオノマー、ナイロン
煙ふせぐ〜ん¥80ポリエチレン

形状はいずれも袋状、大きさは45リットルのゴミ袋程度だ。
袋口部分の構造には絞りなどは一切無く、パッケージの写真を見るに装着者が自分の手で袋の口を抑えて使用するようである。材質には各製品で違いがあった。

上記製品に加え、筆者が自宅で使用している市販品の可燃ゴミ用のポリ袋を比較対象とし、計5製品を下記の項目でテストした。

①開封から装着までの時間
②装着後の呼吸のしやすさ
③視認性、防曇性
④装着時の行動しやすさ(歩行、階段昇降、匍匐前進(腹ばい)、扉の開閉)
⑤耐熱性(ドライヤー温風による変化)
⑥耐火性(ライター接炎による変化)

検証結果

結論として、防煙フードを謳うこれらの製品を火災時に使用することはまったく推奨できないということがわかった。
以下に解説する。

窒息の危険性

仮に、袋の口を完全に抑えて密閉状態にできたとする。
その場合、袋の中の酸素がすぐに使い果たされてしまうだろう。また、酸素を消費する代わりに呼気で排出される二酸化炭素が溜まることで中毒症状を引き起こす可能性がある。身体機能が損なわれた状態での避難には転倒等の危険があり、火災時においては命に関わるものである。

検証では、はじめに袋の口を手で抑え、椅子に座った状態で時間を計測した。約3分ほどで息苦しさを覚え、装着から約5分後には意識が朦朧とし危険を感じたため検証を中断した。とても避難どころではないという感想だ。

熱、炎による損傷

ポリエチレンは熱に弱く、火災の高温で溶けてしまう可能性がある。また、炎や火の粉が直接接触しなくとも、室内の空気や煙が高温になる場合がある。

装着中に製品が溶けた場合、顔面等に深刻な火傷を引き起こす可能性がある。また、溶けた製品が鼻と口を塞ぐことによる窒息も考えられる。

検証では接炎貫通試験を模して、ターボライターの炎を製品から15cmほどの距離に近づけた。簡易的なテストであるが、袋はみるみる内に溶けて穴が空いた。実際の火災避難では炎の近辺を通過する。その際に火の粉が袋表面に触れる可能性はきわめて高い。

行動の阻害

避難時には両手を空けておくことは避難時の鉄則である。

特に火災の場合、煙や熱、恐怖感から目まいを感じる可能性もあり、転倒の際に負傷につながる可能性がある。また、片手ではドアや窓を開けるのが難しくなる。遮蔽物の除去にも手間取り、避難が遅れることに繋がる。転倒時に頭部の負傷を軽減するため、姿勢は低くすることが前提である。

有毒ガスへの防護性

当然ながらこれらの製品には有毒ガスを除去するための適切なフィルター機能が備わっていない。避難中に袋の口を抑える手が緩めば即座に煙や有毒ガスが内部に入り込み、直接吸入することが考えられる。また、装着時にすでに一酸化炭素等の有毒ガスが室内に侵入していた場合には、有毒ガスを多く含んだ空気をいきなり袋内に溜めてしまうケースが考えられる。なお、ほぼすべての火災で発生する一酸化炭素は無色無臭のため、人間が発生に気がつくことは不可能だ。

検証では、袋を被り口を片手で絞った状態で、ドアの開閉など避難時に行う必要のある一連の動作を行った。行動に集中すれば袋を持つ手はどうしても緩んでくる。また、空気を溜めた袋は頭上に大きく張り出すことになり、ドア枠に引っかかるなどの事態が発生した。

視界不良

袋を頭に被ると視界が遮られ、避難経路を見つけづらくなる恐れがある。また、汗や呼気に含まれる水蒸気、外気との温度差により、内側が結露し曇ることによる視界の阻害がある。

検証では、約5分の着用で袋内側が猛烈に結露した、磨りガラスで覆われたように視界が遮られ、周囲の状況がまったくわからない状態で不安を覚えた。

結論

以上のことから、なにも無いよりはマシどころか、このような製品を使用することでかえって命を失う可能性が極めて高まるということが再認識された。
これらの製品をすでに所有しておられる方は、すぐに手放すことをおすすめする。

また、災害対策としてこれらの製品を備蓄している企業は、万が一の際の人的被害、賠償リスクについて再考してみてほしい。

日本には火災避難用保護具に関する規格が存在しており、消防による厳しい検査が行われている。
消費者においては市販製品を盲信せず、正しい知識に基づいた選択をしてもらいたい。

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