燃えさかる一軒家の二階から脱出した話
~NHK総合「すごいよ出川さん!」火災実験レポート~

新年あけましておめでとうございます。

突然ですが、新春第一弾のコラムは、緊急内容でお送りいたします。

昨年暮れから年始にかけて、全国的にも多くの火災による死亡事案がみられています。
中でも、一軒家で火災が発生し、在宅中の家族数名が亡くなるというニュースは報道でも大きく取り上げられていました。

さて、みなさんは疑問に思ったことはないでしょうか。
なぜ一軒屋の火災でこれほどまでに大勢の人が死亡してしまうのか。
マンション高層階からの避難のように、出口までの距離があるわけでもない。
にも関わらず、なぜ逃げきれず被害に遭われる方が多発しているのか。  

その真相に迫るべく、昨年11月に栃木県岩船山で行われたとある大掛かりな実証実験に、不肖熊谷、参加してまいりました。
その実験とは、本年1月5日に NHK総合で放送された番組「メガ実験バラエティ~ すごいよ出川さん!」の一企画なのですが、「人はなぜ火事で逃げ遅れるのか?」をテーマに、戸建住宅に実際に火を着けてしまおうという掟破りなものでした。

驚くべきは、この実験で使用される一軒家というのが、単なる板張り張子、プレハブではなく、きちんと基礎も柱も立てている、本格的な『人が住んでいてもおかしくないレベルの家』であるということです。
そんな地元の工務店さん渾身の作品を即刻燃やしてしまおうというのですから、NHKのこの企画にかける意気込みというのがみなさんにも伝わるかと思います。

本コラムは、出演者のひとりであり、災害対策を生業とする私の目から見た、実験の裏側を解説するものです。
番組はNHKオンデマンドで現在有料配信されていますので、本コラムはその副読本としてお目を通していただければ幸いです(2019年1月8日現在)。
 NHKオンデマンド  NHKオンデマンドすごいよ出川さん!番組ページ

【一戸建て火災再現実験(NHK科学・環境番組部制作)】

舞台となる栃木県岩舟山は、元は採石場だったものを、現在ではその地形を生かして、テレビや映画の爆破シーンなどの撮影に使われている敷地です。
その広大な岩船山のど真ん中に、今回の実験の主役である一軒家が建っています。

中の造りを見ていきますと、1階はリビングダイニングで2階が寝室となっています。
1階にはトイレもあり、配管と配線を施工すれば十分に居住できるものです。
また、1階の天井、床、壁の内側には、これまた通常の住居と同様に耐火ボードが貼られており、各部屋の扉、窓サッシも本格的な仕様となっています。

加えて、各部屋には地元の有志の方から寄贈された家具類や照明器具・電気製品が並び、本当に人が暮らしているような生活感が醸し出されています。
実はこれが、今回の実験が有象無象の実験と明確に違う、素晴らしい点なのですが、みなさんはお気づきになられたでしょうか?

実際の住居には様々な可燃物が雑多に置かれているものです。
どこかの土産物屋で買ってきたかわからない木彫りの人形や20年来着ていない防虫剤のニオイの染み込んだ着物など、みなさんのご自宅にもありませんか?うちにはあります。
そういった物に火を着けた時に、どのように燃えるのか、どのような有毒ガスが発生するのかといったデータは決して計算で測れるものではありません。
研究機関で行う実験ではこういったところまで気が回ることはありません。
中身が空の新品の家具を燃やしたところでなんの意味があるのでしょうか。

さて、午後1時、澄み切った冬空の下、火災実験がスタートしました。

1階リビングの角に置かれた石油ストーブの上に、干していたタオルが落ちて着火という想定です。
なかなか着火しない事態に、番組監修である火災学会 元理事の鈴木先生が出動してチャッカマンで直接着火させるという一幕もありましたが、なんとか無事出火。
火元現場ではタレントの出川哲朗さんが火災の拡大状況を危険が及ぶぎりぎりまでリポート。
その後、呼吸保護のための防毒・防煙マスク「スモークブロック」を装着したサニーカミヤ氏が再度室内に突入し、限界まで火災の拡大状況を観察しました。

さて、実は私はその時、とある別の場所におりました。
その場所とは、燃え盛る1階リビングのその上、2階の寝室でひとり待機していたのです。

ここからは、後日放送を見て初めて把握できた1階の火災拡大状況と、私が実際に体験した2階の待機脱出状況をクロスオーバーさせて解説していきます。

2階に上がった私は、窓際にあった木製の椅子に腰かけて、来たるべき瞬間に備えておりました。
先述したように、一階の状況がわかるモニターなどはありませんので、階下から聞こえる音を頼りに火災の進行具合を推測するしかありません。
しかしながら、さすがしっかりと施工された一軒家ですから、防音も通常の建物と同じようになっており、1階の音はほとんど聞こえないという状況です。
そんな中、リアクションをとっているであろう出川さんの声だけはかすかに聞こえていました。こちらもさすがです。

それから3分ほど経った頃でしょうか。「ガシャン」という、なにかが落ちて割れたような、軽い衝撃を伴った音が小さく聞こえました。

これはストーブ近くの壁にかかっていた額縁が落ちた音だったわけですが、これを聞いて「いよいよ着火したな」と確信しました。

それからすぐに何となく大勢の人が騒ぐような声が外から聞こえてきました。
火災がかなり進行しているのかもと思い、寝室のドアを開けて1階へと続く階段を覗いてみましたが、特に変化はありませんでした。

しかし実はこの時すでに、火元である1階ではフラッシュオーバー直前の状況だったわけです。
さきほどの騒ぐような声は、急激に勢いを増した炎を目の当たりにした撮影スタッフさん達が、出川さんに避難を促しているものでした。

その後数分間、2階ではなんの異変も感じられませんでした。
当然、防煙マスクの着装はしていません。

それからしばらくして、今度は先程よりも大きな何かが割れる音が聞こえました。
1階室内温度が上昇し、圧力が上がったために窓ガラスが割れたのだと思いました。

さらに、僅かですが、きな臭ささを感じました。
用意していた携帯型CO(一酸化炭素)センサーで寝室ドアの上部の隙間を計測したところ、微量のCOガスが検知されましたので、身を守るために防煙マスクを着装しました。

ここで重要なのは、寝室内には煙が一切入ってきてはいない(ように見える)にも関わらず、部屋のCO濃度は確実に上昇しているという点です。
COガスが無臭無色というのはよく言われることですが、あらためてそのことの危険性、重大さを感じます。

それからしばらく、階段へと通じるドアを注意深く観察していました。
すると、ドア上部の隙間から薄い煙がゆっくりと漂うように浸入しはじめました。
ほぼ同時に、寝室天井に設置されていた煙・CO感知器の警報が鳴り始めました。
確認のため、再度、先ほどと同じドア上部隙間に携帯用COセンサーを近づけたところ、ガス濃度を示す液晶の数字が急激に上がり始めました。

いよいよきたかと、階段室へと通じるドアの表面温度を手で確認した後、慎重にドアを開けた途端、真っ黒な煙が覆いかぶさるように室内へ侵入してきました。
煙に巻かれた一瞬、視界が暗くなりましたが、防煙マスクをしていたおかげで呼吸への影響はありませんでした。
煙はかなりの熱を帯びており、顔の保護されていない部分がカーッと熱くなるのを感じました。

番組のナレーションでもありましたが、もし、防煙マスクを装着していなければ、この時点で有毒ガスの吸入により意識を失っていたかもしれません。

こうなると寝室もいよいよ危険です。
脱出経路の一つとして設定していた2階階段踊り場の窓は、昼間にも関わらず黒煙のために視界がまったく取れません。
脱出経路の一つが完全に潰れたことに、「これは早めに脱出したほうが良いな」と少しの焦りを感じました。

設定していた2つの脱出経路には、どちらも外から梯子をかけてもらう予定となっていました。

寝室内の窓ガラス越しに真下を覗き込むと、1階の窓から外に向かって、猛煙が上がっているのが視認できたため、即座に避難したほうがいいと判断しました。
この時、1階の窓から炎が噴き出していたならば、2階寝室窓からの脱出も断念していたと思います。
煙だけならば防煙マスクをしているため呼吸が確保されますが、炎が窓から出ている場合は、すでに1階部分は完全な火の海となっている可能性があり、梯子を降りている最中に炎に襲われるリスクが極めて高いからです。
「2方向避難」というのはよく聞かれる言葉ですが、その2択がどちらも選択不可能となる可能性も十分にあるのです。

余談ですが、私は第3の避難経路を個人的に設定していました。
煙の充満している階段を降り、1階玄関から脱出するという道です。
ただしこれは、猛煙の中でも呼吸が保護されていることと、真っ暗な中でも手探りで出口に辿り着ける程度に建物の間取りを理解していることが前提の、極めて特殊な選択肢です。

話を戻しまして、いざ寝室の窓から身体を乗り出して梯子に乗った瞬間、1階の窓から炎がほんの少し見えました。 「こんなに早く拡大延焼するとは!」と、内心驚きました。

実は、より間際まで記録映像を残そうと、「あと5分くらいは様子を見ようかな」と甘い考えでいたのですが、外で出川さんが、「熊谷さん逃げてください!」 と大声で叫んでいるが聞こえ、サニーカミヤ氏の脱出せよのハンドサインの指示があったため、速やかに脱出することにしました。

脱出があと少し遅れていたら、まさに ヤバいよヤバイよ でした。

私自身、災害対策指導官として火災を想定した煙実験は多く経験してまいりましたが、1階から火炎も迫るというケースは初めてでした。
貴重な経験をさせていただいたとともに、あらためて火災の危険性と恐怖が身に刻まれました。

まとめ【なぜ人は火災で逃げ遅れてしまうのか】

今回の実験を経て、これまでの私自身の経験から、冒頭の問いでありました「なぜ人は火災で逃げ遅れてしまうのか」について申し上げます。

1.火災進行はサイレントキラーだ

番組映像をご覧いただければわかりますが、火災が進行している時間というのは、実は大変静かなのです。
もし、1階の火元部屋に誰もおらず、夜間などで外にも人通りが無かったとしたら、フラッシュオーバー直前まで2階にいる人は異変に気が付かないでしょう。
よくある火災の目撃証言で、「真向いの家から煙が出ていて家の中が真っ赤でした」 というコメントがありますが、本当に火災というのは静かに進行するため、事態が相当大きくなるまで発覚しません。
よしんば外の人が火災に気がつき、「火事だー!」「逃げろー!」と知らせてくれたとしても、建物内でその知らせが聞こえた時には、すでに手遅れなのです。

番組内では、洗濯物への着火から2階延焼までの時間を約7分として、消防隊が駆けつけるまでの時間との比較をしていましたが、実際はこの段階になってようやく119番通報をする場合が多く、消防隊の到着、消火開始まではそこからさらに6~7分がかかるわけです。

しつこいようですが、火災進行中は驚くほど静かなものだという点は各々肝に命じていただきたいポイントです。
ましてや、無防備な就寝中などは、確実に火災の発生に気づくことはできないでしょう。

基本的に、日本の建築物はその構造上、しっかりと防火されているのです。
ほとんどの建物はその壁に耐火ボードを張り、遮音シートを敷き、サッシも防音。ドアも頑丈で音や温度を遮断するように造られています。
日本の厳しい住宅基準の賜物であるこれらの利点が、視点をずらしてみると、火災の発覚を遅らせる要因となり得るのです。
気が付いたらフラッシュオーバーでゲームオーバー。
鉄壁の囲いが一転、「詰み」になるやもしれません。 また、なによりも恐ろしいのは、やはりCO(一酸化炭素)です。
目に見える煙(煤、粒子)の侵入の前に、無色透明ニオイ無しのCOガスが先に侵入してくることが今回改めてわかりました。
CO中毒の体内酸欠状態で身体の自由が効かなくなったまま、煙、炎に巻かれてしまうというのは十分に考えられるでしょう。

2.火災対応のゼッタイは「呼吸の確保」と「視界の確保」

呼吸の確保

煙の中では人は呼吸ができません。
なにを今更と思われるでしょうが、ここで私が言う呼吸ができないとは、「息苦しい」とか「咳き込んでしまう」のレベルの話ではありません。
例えるならば、水中での窒息。まさしく誇張抜きに、一息も吐くことができないのです。

  そういえば、1階で活動していたサニーカミヤ氏も防煙マスクを装着していましたね。
映像を見る限り、サニー氏が突入した時の部屋の上半分には黒煙が溜まっていましたが、下半分には透明な空気層が残っていました。
であれば、身をかがめて低い姿勢を取るだけで安全は確保されたのではないでしょうか。
サニーカミヤ氏は防煙マスクを装着する必要など無かったのではないでしょうか?
答えはNOです。

  一見すると新鮮な空気が残っているように見えてしまう透明な空気層ですが、確実に安全とは決して言い切れないのです。
思い出してみてください。火災の死因の大部分を占めるCOガス(一酸化炭素)は、どんな色の気体だったでしょうか。

  また、火災時に発生する有毒ガスは一酸化炭素だけではありません。
それら様々な有毒ガスの多くが、「無色透明」である特徴を持っているのです。

  レスキューのプロであるサニーカミヤ氏だからこそ、煙・有毒ガスの怖さを身をもって認識しているのです。

視界の確保

もうひとつ忘れてはならないのが、火災時に「視界」をどのように確保するかという問題です。
人間の持つ五感のうち、視覚が占める情報量の割合は、およそ80%以上と言われています。
日常のかなりの行動を視覚から受ける情報によって左右されるということですね。

  さて、今回の実験は日差しの出ている日中に行われましたが、それでも濃い煙の中では視界がまったく取れなくなりました。
また、夜間の火災の場合には、燃焼で電線が切れてしまうことが考えられます。そうなると停電、瞬時に真っ暗です。
普段頼りにしている視覚が急に損なわれた状態で、みなさんはパニックに陥らず迅速に行動、避難できる自信がありますか?
 そのため、停電時に自動点灯するライトなどの準備が自宅には必要でしょう。

呼吸(防毒防煙マスク)と視界(自動点灯ライト)の確保があなたと家族の命を守ります。

3.家庭用火災感知器はCO検知タイプを

これまで「如何に火災は気がつきにくいか」というお話をしてまいりましたが、もし着火直後に火災を覚知することができれば、初期消火も可能ですし、避難も容易なわけです。
早めの火災覚知に欠かせないのが、今回の実験でも活躍してくれました、火災感知器です。

  肝心なのは、設置場所をよく検討するということです。
居室だけではなく、廊下や階段エリアなど、煙の流れを予測して設置するのがよいと思われます。

  また、煙感知や熱感知だけの機能ではなく、COガスも検知できるタイプの製品をみなさんにはお勧めします。
またまたしつこくなりますが、煙よりも先にCOが部屋に充満することは十分にあり得るのです。
さらに、建物内の感知器をすべて無線で連動できるタイプの製品というのが理想です。
防音性能の高い日本の住宅です。1階で鳴っている警報音が2階、3階の個室まで届くでしょうか?
早めの火災覚知ができるにこしたことはないのです。

4.2階、3階で寝ている人は要注意!

いくら非常事態だからといって、簡単に2階から飛び降りられるものでしょうか、ましてや3階は。

今回の実験では2階の窓から梯子で降りる段取りとなっていました。
梯子は弊社金川(東京都消防操法大会可搬ポンプの部準優勝の2番員)がきちんと下で保持していたので安心して降りられましたが、それでも窓から身を乗り出して梯子に移る瞬間はやはり怖いものです。
地上までの高さは約4m弱。もし梯子がなければと考えると背筋が寒くなります。
2階は結構高いです。
昨年12月に富山県で起きた火災でも、20代男性が2階から飛び降りた際に、足などを折る大けがを負っています。

2階、3階から降りられる簡易梯子を寝室に準備しましょう。
小さい子供やお年寄りのいる家庭であれば、なおさらです。

以上、「すごいよ出川さん!」火災実験体験レポートでした。

今回の番組は貴重な映像資料として、今後の教材にできるものだと感じました。
日本の災害対策の発展に、私も微力ながら役立てていきたいと思います。
そうすればチコちゃんも叱らずに褒めてくれるでしょう。