2017年2月16日、埼玉県三芳町で、大規模物流倉庫の半分以上が延焼するという火災事故が発生しました。

鎮火までにかかった日数は約12日間。
近隣避難世帯への個別保証、倉庫の再興不可(破棄)など、推定被害総額200億円を超える重大被害となりました。
また、負傷者2名(内一名重症)という人的被害も発生しました。

多くのメディアで出火原因や消火設備の作動不備などが取り上げられておりました。
防災において「なぜ事故を未然に防げなかったのか」という予防はたしかに重要ですが、 今回は「なぜ被害の拡大を防げなかったのか」という、すでに発生した事象に対する初動対応、すなわち【ダメージコントロール】の観点から検証してみたいと思います。

※なお、本記事は事故の検証による再発の防止を目的としており、当該倉庫、及び当該企業をなんら批難するものではありません。

火災発生当日のタイムラインをまとめてみました。
時系列に沿ってみていきますと、初動対応成否の分岐点が浮かび上がってきます。

【 2017年2月16日 タイムライン】

時間1階における火災の発見・初期消火・通報に係る主な行動
9:00頃火災の発見者(A氏)が、端材室(1)内で作業を開始した
 ・A氏は、焦げくさい臭いを感じて振り向くと、端材室の床から50cmくらいの炎がたちあがっているのを発見した(端材室には段ボールしかないため、段ボールが燃えていたものと推定)
・A氏は、着ていた衣服で覆って消そうとしたが、消えず、端材室付近の消火器(2)を取りに行った
9:07頃(推定)自動火災報知設備が鳴動
 A氏は、消火器(2)を持って端材室に戻り、消火器で初期消火を行ったが、消火できなかった
A氏は、1階南側(3付近)にいた他の従業員に火災である旨を知らせに行き、消火器を持って端材室に戻った
A氏が端材室に戻った際、自動火災報知設備が鳴るのを聞き、端材室からの煙を見て当該端材室に駆けつけていたB氏(1階地区隊・避難誘導版)ほか2名とともに、A氏は初期消火を行ったが、火の勢いが強く消火できなかった
9:14端材室で初期消火にあたっていたB氏が携帯電話で119番通報を行った
 事務所(4)にいたC氏(自衛消防隊本部隊員)は、自動火災報知設備の鳴動に伴い、防災センター(5)に駆けつけ、さらに防災センター(5)から端材室に駆けつけ、消火器で初期消火を行ったが、火の勢いが強いため、最寄りの屋外消火栓設備(6)からホースを延長するよう従業員に指示した
(※消火器21本を使用するも鎮火せず)
 従業員は、屋外消火栓設備(6)のホースを7の位置まで延長し、バルブを開放した
他の従業員が屋外消火栓設備(8)のホースを9の位置まで延長し、バルブを開放した
9:21公設消防隊が端材室前に到着し、消火活動を引き継ぎ
(※約3分で1階は鎮火するも既に2,3階延焼)

ポイント①
火災の覚知、周知

まずは、2月16日9:00頃、従業員の一人が焦げくさい臭いを感じ、火災を発見します。
この時、従業員は着ていた衣服で炎を覆うことで消火を試みましたが、失敗。近くの消火器を取りに火元を離れます。

人の常駐していない場所で、誰にも気づかれないうちに炎が拡大し、人々が異臭や異変に気がついたときには、すでに素人では消火不可な状況になっているというケースは多くみられますが、今回はかなり早い段階で出火を覚知できたケースのようです。

しかし、こういった場合、かえって炎の規模が小さいばかりに、誰かが来る前に自分ひとりで消火してしまおうという思考に陥ることがあります。

火災発見者のまず行うべき行動は、何を差し置いても速やかな消防への通報です。

また、火災延焼してしまった場合の避難放送や初期消火活動を見越して、火災発生を周囲の人間に知らせることが鉄則となります。

水消火器による消火訓練はみなさん一度は経験があるかと思います。その際、まずはじめに「火事だ!」と叫ぶように指示されるはずです。
私も現役の消防団員として、町会や地域のマンションでの防災訓練に赴いて指導を行いますが、大抵の方が、恥ずかしがって大きな声を出せません。
しかし、実は「大声を出す」ということこそ、消火器の操作方法なんかよりもよっぽど重要な、非常時の第一行動なのです。

時間1階における火災の発見・初期消火・通報に係る主な行動
9:00頃火災の発見者(A氏)が、端材室(1)内で作業を開始した
 ・A氏は、焦げくさい臭いを感じて振り向くと、端材室の床から50cmくらいの炎がたちあがっているのを発見した(端材室には段ボールしかないため、段ボールが燃えていたものと推定)
・A氏は、着ていた衣服で覆って消そうとしたが、消えず、端材室付近の消火器(2)を取りに行った

必要とされる初動対応 大声で「火事だ」と叫ぶ
迅速な119番通報

ポイント②
消火器での消火

第一発見者はまず自分一人で消火器での消火を行いますが鎮圧には至りませんでした。
その後、他の従業員に火災発生を知らせます。
時を同じくして、火災警報器を聞きつけた自衛消防隊の一人が現場に駆けつけ、第一発見者とともに消火器による消火を試みますが、消火に失敗しています。

ここで特筆すべきは、実際に使用された消火器の本数です。
不良などで十分に噴射されなかったものもあったようですが、合わせて21本の消火器が使用されたと記録に残されています。

火を消すための道具であるはずの消火器を用いたにも関わらず、なぜ初期消火は失敗してしまったのでしょうか。
実は、一般的な粉末消火器の消火能力はそこまで高くないのです。
粉末式消火器の場合、窒息による消火ですので、燃焼物の表面をすべて覆うように粉末をかけなければなりません。
しかし、記録にありますように、火の勢いが強く濃い煙が発生している場合、そもそも火元に近づくことができません。
いくら離れた場所から噴射しても、熱気による上昇気流で肝心の粉末が散ってしますのです。

つまるところ、一本目の消火器での消火に失敗した段階で、すみやかに消火栓での消火に移行すべきだったのです。

時間1階における火災の発見・初期消火・通報に係る主な行動
 A氏は、消火器(2)を持って端材室に戻り、消火器で初期消火を行ったが、消火できなかった
A氏は、1階南側(3付近)にいた他の従業員に火災である旨を知らせに行き、消火器を持って端材室に戻った
A氏が端材室に戻った際、自動火災報知設備が鳴るのを聞き、端材室からの煙を見て当該端材室に駆けつけていたB氏(1階地区隊・避難誘導版)ほか2名とともに、A氏は初期消火を行ったが、火の勢いが強く消火できなかった

必要とされる初動対応 屋内消火栓による消火活動

左)実際に使用された消火器
出典:入間東部地区消防組合消防本部
    「埼玉県三芳町倉庫火災活動記録 」

ポイント③
通報の遅れ

9:14、自衛消防隊の男性により消防への通報が行われます。
火災発生から約14分後のことです。

前述したように、火災発見後にはなにを差し置いても119番通報を行うべきです。
初期消火活動というと、自分たちだけで消火を完遂することと思いがちですが、消防隊の到着までの間、火災の拡大を防ぐ、現状を維持するというだけでも大きな意味があると理解してください。

時間1階における火災の発見・初期消火・通報に係る主な行動
 A氏は、消火器(2)を持って端材室に戻り、消火器で初期消火を行ったが、消火できなかった
A氏は、1階南側(3付近)にいた他の従業員に火災である旨を知らせに行き、消火器を持って端材室に戻った
A氏が端材室に戻った際、自動火災報知設備が鳴るのを聞き、端材室からの煙を見て当該端材室に駆けつけていたB氏(1階地区隊・避難誘導版)ほか2名とともに、A氏は初期消火を行ったが、火の勢いが強く消火できなかった
9:14端材室で初期消火にあたっていたB氏が携帯電話で119番通報を行った

ポイント④
消火栓での消火

火災警報器鳴動後、他の自衛消防隊員も現場に駆け付けます。
消火器での消火失敗を受け、本部隊員が消火栓の操作開始を指示します。

消防庁での調査報告書に、消火栓から放水しているところの写真がありました。
消火栓からの放水を経験したことのある方ならばすぐにこの写真のおかしな点に気がつくと思いますが、 十分な水量が出ておらず、ホースの途中が折れ曲がってしまっています。
調査報告書によると、屋外消火栓にホースを結合した後、なんと、ポンプ起動ボタンの押し忘れがあったと記録されています。
写真では水が出ていますが、これは高架水槽の水が落下して押し出されているだけなのだと思われます。
消火栓の操作方法は難しいものではありませんが、定期的な訓練をしていなければ、いざという時にミスが起こってしまいます。

また、自衛消防隊員として指示を与える際は、受令者の知識、経験に合わせて、わかりやすく簡潔な言葉で具体的に指示したり、異変を感じたら即座に確認させるなど、臨機応変さが求められます。

時間1階における火災の発見・初期消火・通報に係る主な行動
 事務所(4)にいたC氏(自衛消防隊本部隊員)は、自動火災報知設備の鳴動に伴い、防災センター(5)に駆けつけ、さらに防災センター(5)から端材室に駆けつけ、消火器で初期消火を行ったが、火の勢いが強いため、最寄りの屋外消火栓設備(6)からホースを延長するよう従業員に指示した
(※消火器21本を使用するも鎮火せず)

必要とされる初動対応 屋外消火栓の適切な操作指示
(ポンプ起動ボタン操作)

ポンプ起動ボタン押し忘れのため、高架水槽からの落差で水が出ているだけ
ノズルからの放水量やホースの曲がり具合からも十分な放水量が 得られていないと推定される。

ポイント⑤
消防隊の到着

9:21通報から7分後に公設消防隊が現場到着。
自衛消防隊から消火活動を引き継いで3分後、出火階である1階を鎮圧。

時間1階における火災の発見・初期消火・通報に係る主な行動
9:21公設消防隊が端材室前に到着し、消火活動を引き継ぎ
(※約3分で1階は鎮火するも既に2,3階延焼)

出火元とみられる端材室南側内部
出典:入間東部地区消防組合消防本部
    「埼玉県三芳町倉庫火災活動記録 」

ポイント⑥
延焼の拡大

しかし、この時、出火箇所上の吹き抜けを通して、2階、3階まで炎は拡大延焼していました。
逃げ遅れはなかったとのことですが、この2,3階部分を鎮火させるまで、長きに渡る消火活動を要することとなりました。

各階の焼損状況(赤色部分が焼損箇所)
出典:入間東部地区消防組合消防本部
   「埼玉県三芳町倉庫火災活動記録 」

火災による主な被害
負傷者2名(内1名は重症)
鎮火まで約12日間
近隣避難世帯への個別保証
倉庫の破棄
推定被害総額 200億円

以上、駆け足ですが、発災当日を要点ごとに振り返りました。
こうしてみると、初動時点での対応の遅れや誤りなどがいくつも重なった事故であることがお分かりいただけるかと思います。

さて、ここまでお読みいただいたあなたに質問です。
この倉庫火災は特別な事例なのでしょうか。
貴社で同様の事故が起こる可能性はないでしょうか。

今回火災事故のあった倉庫では、定期的に従業員向けの防災訓練を行っていたそうです。
しかし、このような結果となりました。なぜでしょうか。

これはひとえに、日本の企業防災全体の問題点であると私は考えます。
阪神淡路大震災以降、消防隊が駆け付けられない場合、自社内で対応を完遂できるようにと 企業に求められる防災のハードルは非常に高まりました。

また、BCP策定の推奨により、膨大なマニュアル作成に多くの時間が割かれることとなりました。
その結果、防災とは企業にとって腰の重いものになってしまったのではないでしょうか。

組織編成だけの自衛消防隊、慣習化した訓練。多くの防災担当者がそのことに気づきつつも、目を伏せている事実があります。

プロの消防官と違い、一般人である我々にできることは限られています。
しかし、災害現場において最低限求められる対応も、実はそう多くはないのです。

複雑な組織間の連携に頭を悩ませるよりも、目の前の火を確実に消すことができる従業員を一人でも増やす。そして、彼らが安全に活動を行えるよう必要な装備を揃え、サポート体制を会社全体で作っていく。

そういった本質的な教訓が、今回の火災からは得られるのではないでしょうか。